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特別寄稿 第三部 ”カド号千里を走る” 俊水 (c)
人類は車輪を二度発見することはできない…か?
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「そうか、ハッピ−か よかったな、して お前たちの父御の名は?」 「パパン キャスター」 「キヨハラ−、Mrキャスターを城に呼べ−」 1817年 ドライス伯爵の名をつけた自転車の原型、『ドライジ−ネ』は名匠キャスターを親方キヨハラとトレードして雇い入れたことにより生まれた。 同時にそれは、直進性と復元性を生み出すキャスター理論の発見でもあった。 さらに、ドライス伯爵のヨ−ロッパ制覇の野望は、後のちツール・ド・フランスやツール・ド・コルスさらにはツール・ド・ヨ−ロッパとしてみごとに開花結実することになる。 往時の図に見る木製の「ドライジ−ネ』は縦一列に配した二輪とステアリング機構を備え、前に向かって移動する位置エネルギーの交換を繰り返している限り、ジャイロ効果が発生して縦二輪でも倒れることはない。 静止下では、立て掛けておかないと倒れてしまう弱々しい外観のドライジ−ネだが、ひとが乗って地面を蹴り、前に向かって進むと倒れないばかりか歩くより早い。同じ距離を移動したとき、歩くより早いばかりか疲労度が少ない。目的地が遠いほど差は歴然となる。 後年、試作モデルでこの差を体感したヨーロッパの街の小器用なおじさんたちは、ドライジ−ネの実用化にこぞってのめり込むことになる。 「エネルギー不変の法則」に完全支配されるわが地球の地表では、到達距離を同じに設定して実験した場合、歩いても、走っても、泳いでも、空中を飛んでも、ドライジ−ネで走っても、消費されるエネルギー(=熱量)は同量であるべき、つまり疲れ方は同じはず。 それなのにドライジ−ネを駆ると、楽々走り切ってしかも爽快感、達成感がある、すなわち快適である。 足で走ったランナーが疲労困憊(こんぱい)しているのに対し、ドライジネ−タ−が笑顔でフィニッシュするのはなぜだ? その間いに街の小器用なおじさんたちは簡単な答えを用意した。 「ドライジ−ネには神が宿っている、ドライジ−ネは神の贈り物である」 じつに感動的なしかし、ヨ−ロッパの敬虔なる善男善女たちにとってなんと素敵な、納得のそして待望の答えであろうか。 さらに街の小器用なおじさんたちは国民債を募集して「ドライジ−ネ開発公社」を創設し本格的な自転車製造への道を模索して行く。 現在の自動車メーカー プジョ−社の黎明であるといわれる。 賢明なるわが読者諸氏はすでに、神のトリックを看破しておられることであろう。 宇宙太陽系第三惑星地球=NASA用語で惑星テラという、あの恐竜テラノザウルスのテラである=では、全能の神をも超越して「エネルギー不変の法則」は普遍である。 すなわち、「到達距離を同じに設定して実験した場合、歩いても 走っても 泳いでも空中を飛んでも ドライジ−ネで走っても、消費するエネルギーは同量である」は真理で |
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