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特別寄稿 第三部 ”カド号千里を走る” 俊水 (c)
人類は車輪を二度発見することはできない…か?
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追っかけの貴婦人一行はレースの通過する街々に大挙して押しかけ、ピレネ−越えで有名なアスパン峠にはレストランやらペンションやら待合いやらが新築され華やかな活気あふれ大変な賑わい。 タコ焼きの屋台の横で予想屋が大声で客を引き、その横で夜鷹が小声で客の袖を引く。 経済効果じつに絶大で主催城主は莫大な興行収益とこっそりの出店権譲渡益を上げていた。 すべての道がローマに通じているのは、このためである。 ドライス伯爵はジリ貧になるおのが荘園の運営に危機感を募らせていたが、自転車による健全な、新しいレースを創案して荘園の財政基盤を堅め、ヨ−ロッパ中を席巻する大荘園城主の地位を確たるものにしたい、これが伯爵の真意であった。 城内の馬場に職人親方(マイスター)を呼んで、砂の上に鞭(むち)の柄でダヴィンチの"自転車"の様子を大書した。 ほどなくして出来上がりとの知らせがあり、城主の前に引き出されたそれは、トロイの木馬のごとき壮大なもの、50人がかりでガラガラと押す。 巨大な木馬の背に乗り広大な荘園内を一回りすることにしたが、なんともノロノロとした代物で、曲がり角のたびに前脚部分の長い樫の棒に数人が取り付くと、先導の親方の持つ大団扇(おおうちわ)ヒラリひるがえり、「あらよ−っ」の掛け声もろとも強引に引き摺り回す、まるで河内の奇祭“だんじり”引き回し バイエルンバージョンである。 鞍上(あんじょう)のドライス伯爵、振り落とされないよう必死に手綱を握りしめ、親方キヨハラを呼びつけて怒鳴る。 「コラ−っ! キヨハラー 停めろ− お前はトレードじゃぁ−! ワシをロデオボーイにすな−」 木馬の高い背から、ドライス伯爵の怒目に果樹園の木陰で農夫の子供が遊んでいるのどかな光景がよく見えた。 収穫物を運ぶ木製一輪車の荷箱に幼い弟を乗せて兄が揺らす、左右にただ揺らすだけなのだが、なぜか車輪が前に進む、斜面でもないのに弟を乗せたまま進む。 農夫の子供の兄弟は楽しくてしかたがない、巨大な木馬が遠くから見つめていることなど意に介せず「キャ−キャ−」と、はしゃぎながら軽快に、左右に揺れながらしかも一直線に進む。 やがて兄弟の一輪車は木馬の下まで来てドライス伯爵を見上げ、 「ユア ジョ−ネ ソーレイト」と無邪気に言った。 伯爵は木馬から転げ落ち、兄弟の一輪車に恐るおそる近付いてしゃがみ込み、しげしげと眺めていたが、 「これはお前たちの父親が作ったのか?」と尋ねた。 「ヤ ジスジョ−ネ メイドバイ パパン」 「ソ−ハッピ− マイヨジョ−ネ」兄弟はうれしそうに答える。 |
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