特別寄稿 第二部 ”風の考察   俊水 (c) 
ドアから半身を入れて内部を覗いたリウジの目に、自分の顔写真が大写しになったパソコン画面が飛び込んで来て腰を抜かしそうになった。
さらに画面の手前 すぐ目の前に、右手を紙袋に隠し左手を上から添えて腰に構え、こちらを睨む男に気がつくと、グゲッと喉を鳴らし突っ立ったままションべンを漏らした。
「かッ勘弁して下さい 社長 はッ払います 明日中に かッ必ず払います」
濡れたズボンを引き摺りながらリウジのグループが逃げ去るのを、喝采で見送ったのは路上生活者ばかりではない、監視所モニター室で事の成り行きを見ていた 所長は、我に帰ると急いでカメラを操作しテント内のパソコン画面に向けてズームを掛けたが、顔写真以外の文字部分にピントが合う前にドアは閉じられた。
「やれやれ」所長は長い溜め息を吐くと、報告書に『地下道極めて平静 異常なし』と書き込んだ。
そのころ ナガタテントでは紙袋からヒョッコリ顔を出したムササビの子供に、ナガタが声をかけていた。
「起こして済まなかったね モモンガちゃん」

 ところで 本篇の主人公はナガタでも モモンガちゃんでもない、本篇はナガタテントの前を、風に引かれて彪然と走り抜けた拙僧の自転車(バイク)と地下住人とが織りなす悲喜こもごも が主題であること、当然明白 自明の理である。
なれど なかなか本題に進めず、周辺の解説で数頁をあたら空費し、登場人物を増やしては整理がつかず、「えーぃ タンクローリーの炎上事故でも起こし ナガタも所長も焼き殺してしまおうか」 などとテロルの考えが脳裏をよぎる。
若き文学者は今夜も苦悩の時を過ごす。

 風の強く吹く日の自転車は試練であるが脚力を試す良い機会でもある。 普段の生活のなかで空気抵抗を意識することはあまりない。
洗濯機から取り出したシーツを干し竿に掛けるとき、濡れて重たいシーツは二つ折り状のまま引っ掛け、二歩さがって全体を見渡し 広げたときのイメージを確 認し、さらに乾きが進んで風にはためいたとき勇壮さを演出できるか を一大事にし、なによりも隣家のフェンスに引っ掛からないか、十分なる検証を済ませ、 それから両手で左右に少しずつ広げ、干し皺が残らないよう細心の注意を払って干し広げてゆく。
一枚干し終えるのに五分を要す、拙僧のような高僧であっても独身に戻った今は、おのれの物は洗濯をする。
 妻が背伸びしながら華奢な手で洗濯物を干す姿をみて、もう少し竿を低くしたほうがよいか それとも踏み台を作ってやろうか、などと 遠くなった昔を ふと 懐かしむ。
 え―ぃ ハワイをめざすアスリートがめめしいぞー 喝!
 話題を戻す、乾いたシーツは竿からヒョイと取り外し、長手方向から二分の一のところ
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