特別寄稿 第二部 ”風の考察   俊水 (c)  
作った電力で、風速と気温の現在値をオレンジ色の光の粒で表しているが、その数値はトンネル入り口の土手部での計測値であり、トンネル内部の様相を想像させるには何の役目も果たしていない。
 数箇所の開口部より忍び込んだ寒気はトンネル中央集合部へ向かって絞られ、徐々に流速を増し、同時に気流圧力も高める。
寒気流はトンネル壁の温度を奪い取りながら進み、極低温となった気流はますます空気密度を高めて渦を巻き、中央集合部を凄まじい勢いで通過する、このとき最大圧力を示す。
寒気流はトンネル中央を過ぎ分岐すると、地表に開いた開口部に接近するにつれ外界の大気圧に引かれて同化し、急速に威力を弱める、出口では入った時と同じレベル1の寒気に戻るが、地界のサイクロンルームではレベル5の狂乱(ブリザード)の世界である。   
ごみも芥(あ<た)も吹き飛ばし、ムササビのねぐらを粉砕しては出口へ向けて放り出す。
車道を走る軽量車は窓を開けては走れない、フワッと持ち上げられ隔壁の方へ吸い寄せられる感覚に、思わずブレーキを強く踏んで後続車が慌てる場面を何度か目撃している。
 この狂乱の地下道に住人がいた、国道トンネルの歩道である、否住居区域であることは疑いなし。
眼下を絶え間なく自動車が行き過ぎ、排気ガスを吸い取る換気装置が轟音を上げ、頭上の地表には電車が走り、さらに高架の新幹線と高遠道路の支柱が地中に突 き抜けトンネル構造の骨材を兼ねるのか音と振動を伝える。特急の通過時には 地唸りの伴奏まで応援して、なんとも賑やかな場所である。
おまけに風の強い日、寒気の夜には前述の狂乱(ブリザード)の世界が出現する もの凄い場所である。
 黒い塊がモゾモゾ蠢き(うごめき)人のかたちになって起き上がると、荷物を胸元に抱え 丸めた背に風を受け押し飛ばされるように薄闇に消えて行く。
スピーカーに急かされる(せかされる)までもなくこの烈寒風の中、ねぐらを剥ぎ取られては凍え死ぬ。
ホームレスとて死は恐怖、風さえ無ければ楽天の地下道 今夜ばかりは阿修羅の極地。
「所長!まだ一個 移動しないテントがあります、死んでいるのでしょうか」
監視力メラのモニターを見ていた隊員の声に、監視所の所長 画面を覗くなり
「いいんだ この人なら問題ない、放っておけ」安心した様に席に戻り、報告書に「路上占有者全員退去 異常なし』と書き込んだ。
監視所の所長が問題なしと言ったテントは、風を上手く受け流しながら強固に壁にしがみつき、段ボールとブルーシートで作った巧妙な空間には暖かな灯が点っているのが監視モニターに映っている、危機感など微塵もなし。
 路上生活者 ナガタ 地下道中央分岐の舗道広場、手洗い所脇に居を構え三年になる。
昼間は工事用通路階段を登って地上に出、新幹線の下に止めたボルボに乗って仕事に行く。
出勤は誰よりも早い、セキュリティカードを使って事務所を開けると、支社長室と標札のある部屋に入り、隅のキッチンでガスをひねって湯を沸かし、顔を洗って髭を剃る。
来客用と書いてあるロッカーからワイシャツを出しクリーニングの袋を破いて身につける

一枚
まくる
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