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内藤 俊水
第一部 「秋田」 3.

背中に目一杯太陽を浴びて真北に一直線7.5Km走って北端の50Rをグルッと回わり、今度は太陽を真っ正面に受ける真南へ向けて7.5Km戻るとメーンスタンドや選手ピットのある大会本部前となる。
 風は無いのに真北に向かうときと真南に向かうときとでは、カラダに受ける抵抗に差を感じる、真南へ、向けて走るほうが重いのだ。
路面に高低差がないにもか,かわらず感じるこの抵抗感は、太陽光線銃から発射された矢印形のレジスタンス・ビームがカラダを突き剰すときの重さなのだと実感する凄いコースなのだ。
高度な操縦テクニックは不要。前を向いてハンドルを引きつけ前傾を強くして空気抵抗を減らしながら、ひたすらペダルを漕ぎ続けるだけのもの凄いコースなのだ。
それもそのはずで、ここはソーラーカー用のサーキットなのだから陽射しを100%有効活用するように設計されている。
微少なエネルギーで長時間走れるように、走行抵抗は極力低減させる必要を求められるソーラーカー用に特化したコー-スで、路面舗装は最高級のツルツル仕上げ。
コース一周しての高低差は1m以下、メインスタンド手前を少し登りにしているのは、各選手のゴールスプリントが激しくなり過ぎ、止まり切れずに大会本部に突っ込む事態を避けるための措置、とGメンのぼくは冷静に見た。
 15年ほど前、旧財閥系の某蓄電池メーカー-が年間を通して照天率東日本一のこの大地にソーラーカー研究のためのコースを造った。
以来 太陽光エネルギー変換の実地試験場として大学や企業の研究者にコースを解放して、この分野の裾野拡大に多大な貢献を果たしている。
 いくら照天率が東日本一といっても暑いのはたまらない。
盛夏の時期、ソーラーパネルで変換した電気エネルギーを一時蓄えるバッテリーが硫酸:鉛タイプの場合は、電解液が沸騰してしまって研究にならない。
クーラー室で覆えばよいのだが、クーラーを駆動するモーターの電源にはソーラーパネルで作り出した大切な大切な太陽光変換エネルギーを使うことになる。
真摯な研究者は大切なエネルギーをクーラーなどという邪道に使うことは断じて潔ぎよしとしない。
バッテリーの沸騰する盛夏のこの時期は研究所を閉めていっせいに夏休みを取るのだ。
コース予約が空になるのを待って地元の高咬生たちが自作のソーラーカーを持ち込んだり、マラソン大会が行われたりするが、圧巻は今ぼくが出場している自転車の耐久レースだという。
自転車にはバッテリーは搭載されていないから、強い幅射熱と激しい化学反応で電解液が沸騰することはないが、代わってライダーの心臓と血液が沸騰を始める。
 イベントGメンとレて冷徹にこの大会の本質を見据え、もしもイカサマ興行だったなら天洙(てんちゅう)の鉄槌(てっつい)を振るってベテン師どもを砕く。
独立司法法人の威信を世に問う秋田遠征は、気がつけばいつの間にか血液を沸騰させて本気でぼくを走らせていた。
ぼくはいつの間にか「ランナーズハイ」の領域、つまり「神の領域」に突入してしまっていた。止、まれる訳がない。
たぶんこの時間帯のぼくの血液は緑色に変わっているのだと思う。なぜなら海抜ゼロのアマゾン河口から標高2000m超、エンケレッソ高地のエンジェル大滝まで一気に泳ぎ登るスーパーアスリート・アマゾンの半魚人、彼の血液が緑色なのだから。
荒唐無稽な話しではない、世界の動物を砥(なめ)まわす動物医学者ムツゴロー先生も、専門は眼科だが船乗りでもあるドクトル・マンボウ先生も現認している。

 ぼくたちは昨日午後に現地入りしコースの下見をした。
高校生ソーラーカーが数台走っていたが管理事務所のおじさんはぼくたち遠路の参加に丁寧な謝辞を述べ、ヘッドライトON、時速30km以下を条件に乗って行ったワゴンでのコース試走を30分間特別許可してくれた。
一周しただけだったが高低差のないコースを下見できたことで気が楽になった、坂はへたれさんの天敵だからね。
「おじさんありがとう、秋田のひとはいいひとだ」
 泊まったホテルは秋田県サイクリング協会にエントリーカードを送るとき、一緒に宿舎の予約をお願いしておいた。干潟の村には似つかわしくない大層立派な高層ホテルで、平原のど真ん中にズドーンと屹立(きつりつ)していて圧倒された。
これほどの大規模ホテルが何故こんな原っぱの真ん中に?
 土曜日で結婚式が何組みもあったらしく、大勢の盛装のひとたちで混雑していた。
入り口近くに荷物とマネージャーを降ろして駐車場から歩いて戻るのに時開かかかった、その間にマネージャーがフロントで情報を仕人れていた。
秋田では結婚式に禁句の「飽きた」を嫌い、おめでたい,数字 末広がりの八の字がつく八郎潟のこのホテルで挙式 披露宴を行うこ.とがステータスなのだそうだ。
 最上階にはこじゃれたラウンジがあって、平原一の夕日の名所 とサブタイトルがついていた。
ぼくたちが風呂上がりのタオルを首に下げて入って行くと、入り口の係りが目敏く寄って来てタオルは取り上げられた。
さらに履いていた部屋用スリッパもNGだったが、謝ったうえで許してもらえた。
司法Gメンのぼくたちとしては痛く自尊心がマイナーになりかけ、いったん外に出てラ一メン屋にでも入ろうかと思ったが干潟に入ってホテルまでの十数キロの遠のりに飲食店など一軒も無かったのを思い出した。もちろんホテルの周りにも何もなくて駐車場を出れば青々とした大平原が広がるばかりである。