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内藤 俊水
第一部 「秋田」 2.

 気合い一発 立ち上がり、バイクの向きを進行方向に向け直すと、落胆した死神カーは次の獲物を探してぼくたちを追い抜いて走り去ったが、助手席の女死神はこ.ぶしを握って「がんばれ」サインを見せニッコリとほほ笑む。
言われるまでもない、
 「へたれりといえどもニッポンアスリート、サムライのはしくれである。
完走果たさずば腹をば切ろうぞ、誉れのゴールテープ 用意して待っておれーッ」
彼も回生し、
 「されば それがしとて北辺の武士 意地がござる。なんのこれしき、いざ 参る一ッ」

 秋田県大潟村 真っ平らで広大な農地が延々と続く大八郎潟干拓地全部が大潟村である。
レースコースはこの干潟の村にあった。
 カンカン照りの大地の中で、一周15キロメートルのレースコース上を300合の自転車が走っている。
快調に飛ばす者 少しへたれ始めた者 すっかりへたれた者 へたれた振りをしてライバルの油断を誘う者、それぞれの事情を乗せてひしめき合って走っている。
 ロードバイクとマウンテンバイクの両クラスが同時スタートしたので、直後は踏み出しの軽いぼくのトライアスロン車は先頭集団にいた。
地元チームのロードバイク集団の後尾をピッタリ追走して、空気抵抗を避けながら楽をさせてもらって一周目を戻って来ると、戦略マップにない早さでピット前を通過するぼくに驚き、ストップウオッチを探して食べ掛けの探り飯を放り出す食い気優先いつでも腹ぺこマネージャーの慌てる姿が見えた。
こんな早さはモバイルPCに入れていないから、今後の展開は予測の計算式が設定されておらず、体力温存のためぺ−スダウンをどう指示するかマネージャーはパニックになったとレース後に叱られたほどのハイペースだった。
 メーンスタンドの手前が右大カーブになっていてタイム計測機器が一台ごと「ピー」と鋭い電子音を立て、オレンジ色のランプも連動して選手に計測順調の安心感を与えている。
その先が選手交替ピットで先頭集団はいっせいにピットロードになだれ込んで減速し、手ぐすね引いて待っていた仲間が駆け寄りICチップの組み込んである足ベルトをひっぺがすと、サドルを跨いで待機する第二走者の足首に巻き付ける。
 「ヨシ 行けー」
チーム監督が背中を「ポーン」とたたき、仲間がカ一杯に尻を押す加速を受けた第二走.者は大声援のピットエリアをロケットスタートで飛び出し、勇躍メーンロードに走り出す。
大役を果たした終えた第一走者は、チームメイトの若い娘っこに抱きかかえられて息も絶え絶えテント奥に引っ込む。
ほんとうは大したことないのだが、若い娘っこに抱きかかえられるのは滅多にない幸せ、
ハァーハァー ゼーゼー それはそれはモチベーションの極み。
「えらいぞ! よくやった−」
まわりからは絶賛の声、拍手の嵐。
 選手交替は一旦完全停車が規則、その間にぼくはメーンロードを走り抜け暫定一位の単独トップ、だが。
 「なぬーッ 第二走者だとーッ」
このときになってぼくは大変なあやまちに気がついた、ぼくが追走していた先頭集団の連中は、一周ごとに選手を交替させながら矢のようにコースをカッ飛んで行くチームエントリーのリレー部門だったのだ。
 ぼくはマネージャーと二人だけでこの北辺の干拓地にやって来た。しかも8時間連続運転で高速道路を乗り継ぎ、ワゴンに自転車を積んでやって来たのだ。
ぼくには第二走者はいない、唯一のチームメイトである腹ぺこマネージャーは車の運転はもとよりママチャリにも乗れない。
事情は飲み込めたがペースダウンしたぼくは暫定一位の単独トップをあっという間に奪い返された。
一周目に使い過ぎて痙撃(けいれん)の予兆を示す脚のご機嫌を取るためギヤを2枚軽くし、後から来る同じ色のゼッケンプレートを付けたバイクを待つことにした。
次々にリレー組みが追い越して行き、ソロエントリーの耐久レース組みが追い付いて来て合流した頃には陽射しが強くなって汗の出方が凄くなった。
 タフなレース展開にはモチベーションを保ち続けた者だけが生き残れる。
大会事務局に送ったエントリーカードにはリクエスト曲名も書けるようになっていてコース上のスピーカーから流してくれるという。
大会スポンサーには「エフエム椿台」という地元FM局も名を連ねていた。
ぼくは「EAGLES」の「TATE IT EASY」と「H OTEL CALIFORNIA 」を記入しておいた。
まるでぼくのへたれ具合を待っていたかのように、その「TATE IT EASY」がかかった。
 「簡単(イージー)さ 4時間 100kmなんて チョチョイのチョイさ ヘイヘイ」
 「スースー ハッ」「スースー ハッ」 鼻から吸って口に叶く。
新気を二度吸って、体内の排熱気を一回で口から吐き出す。
 「叶.くは掃くです 排気は掃気 吐いて悪いは女房の悪口]吐かなきゃ吸えない電気掃除機 ホイホイ」
オーッ 調子が出てきたぞ一。

 暑い、もの凄く暑い、下を向くとヘルメットの額の汗抜き溝から滝のように汗が流れ落ちてサングラスの視界を覆う。
顔を横にひねって汗を飛ばすとジェット旅客機のトイレ排水のようだ。
 単調なレースコースは陽射しを受けっ放しで、日陰になる部分は前述のアンダーブリッジだけ。